①企業との連携は3形態
1)MSW他. 2020. 当院におけるトライアングル型の両立支援の現状と課題(がん分野). 日職災医会誌, 68(6),342-347
業務分析を図1に示しています。これは、がん告知後の働く患者さん全員に介入した、2018年度上半期の117名への支援について、その内容を「企業との連携」で分類したものです。
連携は大きく2種類に分けられました。直接連携と間接連携です。
【直接連携】は、6.7%。企業訪問や企業の来院、など直接的な連携のことで、MSW中心で対応しています。 間接連携は、2つあります。
一つは【文書連携】です。これは17%。直接連携と重複した数字になりますが、復職の意見書などを指します。これは看護師とMSWが協働して対応しています。
もうひとつは、【患者さん本人を通じた連携(自己調整に対する側面的支援)】です。これは、ご本人が会社と自己調整することに対して、側面的な支援を行うことです。直接連携・文書連携以外のものになります。この側面的支援が圧倒的に多く83%でした。このため、側面的支援は両立支援の土台と考えられます。これについては看護師が中心で対応しています。毎年の院内研修(基礎研修・応用研修・院内認定看護制度)において質の向上を目指しています。
②働き方を考えるシート
がん患者さんの両立支援でもっと多かった【患者さん本人を通じた連携(自己調整に対する側面的支援)】の中心は、②企業への伝え方・休み方相談になります。
これを患者さんご本人と一緒に考えていくためのツールとして「働き方を考えるシート」を作成しました(図2)。これは、どの職種でも一定の両立支援ができるツールです。内容や運用は改善途上ですが、こちらのデータはご希望の方へ提供しておりますので、下記までご連絡ください。なお、当院では看護師による側面的支援において使用していますが、使う職種や運用は各病院の体制によってさまざまあると考えられます。
「働き方を考えるシート」データのご請求は ⇒こちら
③患者さんが「職場と病院の直接連携」の利用に至るプロセス
MSW. 2020.がん患者が「職場と病院の直接連携」の利用に至るプロセスに関する質的研究. 関西社会福祉研究,7,43-54
【患者さん本人を通じた連携(自己調整に対する側面的支援)】が83%と最も多かった一方、【直接連携】が必要になった患者さんも6.7%おられました。この患者さんがたが直接連携の利用に至ったプロセスを質的に分析した結果が図3になります。
そして、このプロセスからは、
- がん患者さんは告知直後から職場との自己調整を始めていること
- がん患者さんは告知後の早期から就労に関する情報提供や情報整理を求めていること
- 支援者は随時利用可能な支援情報を提供しながら、患者さんの自己調整の限界を見極め、必要に応じて直接連携を実施できる支援体制が必要であること
が示唆されました。
詳しい内容は ⇒こちら
がん患者さんが直接連携に至るまでのプロセス概要(図3説明)
分析の結果、がん患者さんが直接連携の利用に至るまでには2つのプロセス(図3中央、緑色の各部分)、そしてそれらを支える存在(図3下部、濃ピンク部分)と支援(図3上部、薄ピンク部分)があることが確認されました。
≪自己調整し続けるプロセス≫
まず図3の左端から、がん告知を受けた患者さんには、≪突然に人生の舵取りが揺らぐ我が身≫が出現していました。これは、我が身のことでありながら身体と仕事と生活について不確定情報があふれ自身のコントロール力が及ばないという感覚を指します。そうした中においても、がん患者さんは、まず自己で職場調整を行うという≪自己調整し続けるプロセス≫を辿っていました。
このプロセスではまず、【見えなさを耐える】という時期があります。これは〈治療方針や副作用、休暇・勤務体制のわからなさ〉に加え、〈長すぎる治療予定〉に途方に暮れながらも、〈職場の声掛けをか細い支え〉にしている時期のことです。次に【かけら情報集積】の時期があります。この時期は〈休暇・勤務制度〉や〈生活保障制度〉の他、〈具体的な治療日程〉や〈病状的に就労許可〉が出る等、就労と医療の情報が集まってくる時期のことです。情報が集まると患者さんは【展望の手探り】を始め、〈復職時期〉や〈様々な働き方〉を思い巡らせます。情報獲得と展望の手探りの反復が【動いてみるパワー発動】に繋がり、患者さん自身が社会に働きかけます。たとえば、〈患者さん自身で休暇制度を確認〉する、〈なんとか働いてみる〉、〈副作用がある状態を生活に取込み〉、〈病状を職場に伝え〉、就労上の配慮を相談してみるという行動のことです。
≪限界を認識するプロセス≫
しかし、≪限界を認識するプロセス≫が出現します。患者さんは、〈思ったより辛い副作用〉や〈実感する体力低下〉、理解と説明が〈難しい病状〉や制度利用、自己調整にトライしたものの就労上の具体的配慮まで〈詰めづらい調整状況〉、そして〈周囲への申し訳なさ〉と〈病への不安〉の継続が重複することで、自己調整に行き詰まりを感じます。この限界認識により、代弁機能の利用という≪一部任せてみる舵取りへの変容≫が生じ、直接連携の利用に至っていました。その後も患者さんは全てを他者に任せることはなく、≪自己調整をし続けるプロセス≫は並行して進行していました。
≪それらを支える存在と支援≫
これらの原動力は、〈仕事や家族、自身の身体への思い〉と〈経済的問題の現実〉といった≪思いと現実の入り混じりによる下支え≫がありました。また、そのプロセスには、病院および職場による〈情報提供〉や〈展望の共有〉といった≪声掛けできる距離の支援関係≫が存在していました。
この研究からわかること
(1)告知直後のがん患者さんが周辺環境と影響し合いながら就労の手立てを探るという初期のプロセスがわかりました。
⇒このことから、がん患者さんの就労支援には患者さんのプロセスに合わせた「継続的な情報提供」が必要と考えられます。本プロセスでは、支援者は、各プロセスの状況に応じて支援を行っていました。中でも各プロセスで共通していた支援は、〈常に手が届く場所にある支援情報の提供〉でした。これは、がん患者さんの就労支援ニーズが読み取りづらいことから、繰り返し支援情報を提供することで、ニーズが生じた際に患者が表明しやすくするための対処でした。病院で就労相談ができるという認識が広まっていない状況では、積極的に声掛けすることが重要であると考えられました。
(2)がん告知直後のストレスを受けた時期であっても、患者さんは、【見えなさを耐え】ながら職場との自己調整を開始しているということがわかりました。
(3)自己調整の時期には職場の制度だけではなく、より具体的な職場の反応が患者さんにとって必要な情報であるということがわかりました。
⇒このことから、がん患者さんが【見えなさを耐える】時期には支援者からの「見えるようになる支援」が必要と考えられます。「見えるようになる支援」とは、具体的には医療情報と職場情報の整理のことです。医療情報は、治療方針と副作用の見通しのことです。そして職場情報は、就業規則の詳細、職場の声掛けや何気ない気遣いといった、治療しながら働くことに対する職場風土を実感できる情報のことです。医療情報も職場情報も確認困難な時期がありますが、その時点では〈今わかりえる情報の整理〉を行い、〈覚束なさの共有〉を実施します。職場情報については、こうした個別支援場面のみならず、職場や社会全体への働きかけとして、日常からの就業規則の周知や職場内の両立支援制度の構築、手続きの見える化の推進も有効と考えられます。この活動には産業保健総合支援センターや社会保険労務士会等との協働の可能性が考えられます。
(4)患者さんが直接連携を希望するきっかけは、職場との自己調整の限界の認識であるということがわかりました。
⇒このことから、がん患者さんが≪自己調整し続けるプロセス≫にある期間には、支援者は情報提供や情報整理を行いつつ、直接連携の要否判断をする必要があります。≪限界を認識するプロセス≫は、【つらい身体】【伝えづらい複雑な情報】【調整の困難感】【消えない申し訳なさと不安】という要因によって構成されていました。これら要因が増強・重複する場合には、直接連携の選択肢について改めて情報提供し、利用希望を確認するタイミングと考えられます。なお、この自己調整の限界の見極めには、≪声掛けできる支援関係≫が必要です。患者さんによれば、“ちょっと困るぐらいではわざわざ相談室に行かない”ため、患者さんの発信を待つ体制のみでは限界を見極めることは難しいと考えられます。こうした声かけができる自己調整の見守り体制は、単一職種だけでは難しく、院内全体での体制構築が望まれます。
④文書連携のツール
厚生労働省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(以下、両立支援ガイドライン)や、診療報酬(療養・就労両立支援指導料)においては、図4のような文書連携の流れが示されています。
まず、ガイドラインにある「勤務情報を主治医に提供する際の様式」を参考に企業担当者の方と患者さん、つまり従業員さんと共同で作成していただいたうえで、それを病院へご提出いただくという手順があります。
そして、病院のほうはその情報を把握した上で、就労に関する意見書を発行する、というもので、情報交換のきっかけとなる流れが示されています。
このきっかけとなる勤務情報提供書ですが、患者さんと企業の方から自動的に病院に提出される事例はまだ少ない現状です。このため、復職に意見書が必要かもしれない患者さんに、病院のほうから勤務情報提供書の様式をお渡しして、記載をお願いすることもあります。その時に使っている様式が図5になります。
この勤務情報提供書ですが、当センターでは両立支援ガイドラインをもとに、独自様式を作成しています。
まず、様式のタイトルですが、「勤務情報」だけではなく、「主治医への質問書」とすることで、記載していただきやすさを意識しています。また、産業保健職種の有無や、復職するまでの手順を記載する欄を設けています。そして、勤務先が質問を記載していただけるよう、自由記載欄を広く作りました。
なお、2020年度は当院で診療報酬を算定したのは19件でしたが、そのうち14件に企業からのご質問の記載があり、自由記載スペースがあれば積極的に書き込んでくださっている印象です。そしてご質問があれば主治医意見書を作成しやすくなると感じています。この主治医意見書の様式についても、両立支援ガイドラインをもとに、「企業からのお問い合わせ窓口」として連絡先を記載した様式を使用しています。
「勤務情報提供書」「主治医意見書」様式データのご請求は下記になります。
⑤初めてお仕事の話を聞く時のポイント(冊子)
MSW.2023.治療と仕事の両立支援におけるニーズキャッチプロセスに関する質的研究.第43回日本医療社会事業学会
現在、医療機関では、両立支援のニーズをキャッチしづらいという状況があります。「両立支援を希望する人は、少ない印象がある」「多くの人はご自分でお仕事の調整をされるのではないだろうか」という実感がおありかもしれません。また、いざお仕事の心配を聞くにしても、「いきなりお仕事のことを聞くのは気が引ける・・・」「聞いても、『大丈夫です』とおっしゃることが多く支援に結び付かない…」といった思いもあるかと思います。
そこで、両立支援を組織的に取り組んでいる労災病院群のなかでも、両立支援のアウトリーチをしている5病院の5名のMSWにインタビュー調査をおこないました(2022年)。質問は、「初対面で、患者さんにどう声をかけるか?」「どのようにすればお仕事の話や支援につながるのか?」「その時に気をつけたことは?」という内容です。これを質的分析することによって、【両立支援の初期段階の支援プロセス】がみえてきました。
そして、そのプロセスをもとに、両立支援の初期段階のポイントとセリフをまとめて冊子を作成いたしました。内容は、初めて患者さんのお仕事相談にかかわるMSWのかた向けとなっておりますが、熟練者のかた、MSW以外の職種のかたでも日常の支援の確認につながるものと考えます。
ダウンロード:冊子「初めてお仕事の話を聞く時のポイント」